「信長燃ゆ」

日経新聞に連載されていた小説であるが、文庫化されたので読んだ。考えてみると、新聞小説をちゃんと読めたためしがない。やはりどうも、「毎日少しずつこつこつと」というのは性格に合わないようだ。

信長物の小説はいくつも読んだが、本書は上下巻からなる長編にもかかわらず、天正九年の正月から、翌十年六月の本能寺の変までという一年半足らずだけを描いているというのが特色であろう。にもかかわらず内容は濃い。一番の魅力は、信長と、盟友でもあり終生のライバルである近衛前久との戦いであろう。(知らない人は[Wikipedia:近衛前久]等を参照)

中公新書流浪の戦国貴族近衛前久―天下一統に翻弄された生涯 (中公新書)」を3年ほど前に読んだが非常に魅力的な人物である。

本書の話に戻ると、前久の嫡子信基が父の意に反して信長に心酔し、逆に信長の嫡子信忠が父の行き過ぎを心配して前久と親しくするなど、父子関係のねじれも面白い。また、皇太子妃である晴子の人物も素敵である。前久・晴子といった公家らしくない行動的な人物の活躍と彼らの周囲の公家らしい公家との葛藤も魅力の一つである。

エンディングがちょっとあっけないが、タイトルが「信長燃ゆ」なので、信長が燃えたところで終わるのがちょうどいいのかもしれない。秀吉の中国大返しまで書いていては、舞台を短い期間に限ったコンパクトさが失われるのでこれでよかったと思いたい。

大河ドラマの戦国物もネタ切れで前田利家などを描くくらいなら、前久を主人公にするのも面白いのではないか。上杉・毛利から信長・秀吉・家康まで長期にわたる物語でありドラマとしても結構いけると思うのだが。

信長燃ゆ〈上〉
安部龍太郎
新潮社
2004-09 ¥700